現在、この工房にドリアーノ・デローザの姿はない。
彼は長年慣れ親しんだ家族の工房を去り、2015年、大学でデザインを学んだものの将来の進路を決めあぐねていた娘のマルティーナと二人で自分たちの工房を立ち上げたのだ。
ブランドの名前はBIXXIS。“21世紀のイタリアンバイシクル”を意味するイタリア語の頭文字を取ってつけている。
ドリアーノはここでも主にTIG溶接のチタンフレームを作っている。最近はろう付けのラグドフレームも始めた。父から自転車作りのイロハを教え込まれた十代の頃にやっていた伝統的な作り方の自転車フレームだ。
これまでと同じことをやり続ける、それはすなわち、最も尊敬する師匠であり、自身がその息子であることを誇りとする父ウーゴから学び受け継いだ、自転車作りの仕事や職人の匠気といった、自身の根幹たる遺産を守っていくというドリアーノの意思でもある。
また彼は、これまで培ってきた経験をいずれはマルティーナに継承したいと思っている。そこで最近、彼女に溶接のやり方を手ほどきし始めた。しかし、手を真っ黒に汚してやる自転車職人の仕事を娘に強いることに、父親として忍びなさも感じている。
二人は裕福になることはそれほど求めていない。食べていくだけの稼ぎを得ることができればそれで良いとも言う。
会社の登記上は、ドリアーノはBIXXISに雇われた従業員であり、経営者はマルティーナの方だ。
インターネットが普及した現代では、世界中から注文を受けることができる。日本からのオーダーでは、テレビ電話で顧客と対話をするなど、遠く離れた国のユーザーたちと心のつながりを持てることに喜びを感じている。
たった二人で働くには広すぎるくらいのBIXXISの工房。立ち上げた当初から、いずれは職人を雇って事業を大きくして行きたい考えはあるが、今はまだそこまでの余裕はない。
ドリアーノ・デローザとマルティーナ・デローザ、彼らの中に刻まれた自転車作りの魂を21世紀の現代そして未来へとつなぐための、父と娘二人三脚で進む冒険。 BIXXISの物語はこれからも続いて行く。